この記事の結論:力士に最も多い怪我は膝で、下半身全体で約40%を占めます。2003年の公傷制度廃止以降、怪我を治す時間がないまま出場を続ける力士が増え、慢性化が構造的な問題になっています。一方で、四股・すり足などの伝統的な基本動作を軽視し、ジムでのウェイトトレーニングに偏る傾向が怪我の増加と関係しているとの指摘もあります。
力士はどこを怪我しやすいのか?
5大会の救護データと幕内休場記録から見る傷害の実態
膝が最多。下半身が全体の約40%です。
日本大学スポーツ科学部の田中光輝氏が、小・中・高・大・社会人の主要5大会での救護記録を分析した結果、負傷の種類は捻挫・打撲・亜脱臼が多く、部位別では腰・肩・膝・肘の順で発生しています。特に下半身の怪我は全体の約40%を占め、そのうち膝が最多の9件でした。
プロの大相撲ではさらに深刻です。2023年にPLOS ONEに掲載された統計モデル研究によると、幕内力士42名中、平均して毎場所5.2名が怪我による休場をしています。さらに、一度休場を経験した力士は再び休場するリスクが累積的に上昇するという「磨耗型故障」のパターンが確認されました。怪我が怪我を呼ぶ悪循環です。
2003年に公傷制度が廃止されて以降、休場すれば番付が下がる仕組みのため、力士は怪我を完治させる時間を持てません。膝を痛めてもテーピングやサポーターで固めて出場し続けるのが常態化。Number Webの西尾克洋氏は「怪我を抱えたまま全盛期を消費する力士が後を絶たない」と指摘しています。
田中光輝「相撲からみた怪我・故障の発生の新視点」日本大学スポーツ科学部紀要 (2022) / PLOS ONE (2023) DOI: 10.1371/journal.pone.0283242 / 大阪府柔道整復師会「平成25年度 救護活動報告」(2018)
なぜ力士の膝は壊れるのか?
体重・衝撃・休めない構造の3重苦
「重い・ぶつかる・休めない」の3条件が揃っています。

相撲はコンタクトスポーツの中でも特異な競技です。体重無差別であるため、力士は体重を増やすこと自体が競技力に直結します。しかし、体重が増えれば膝にかかる荷重も増加する。この「体重増加のジレンマ」が怪我の構造的な原因です。
膝だけではありません。2023年にPMCに掲載された腰椎の画像研究(N=197、高校〜大学新入生の力士対象、2001年〜2017年の17年間)では、力士の約3分の1に腰椎の異常所見(分離症、シュモール結節、椎体骨棘など)が確認されました。さらに、まわしの装着が腰椎の可動域を制限するという競技特有の問題も報告されています。
頚部の問題も見過ごせません。立ち合いの「ぶちかまし」による頸椎への反復衝撃は深刻で、京都大学整形外科からはAmerican Journal of Sports Medicineに頸髄損傷の症例報告が掲載されています。2024年には土屋らが「大相撲力士における頚部傷害予防の現状」を整形・災害外科誌で報告しており、この問題への関心は高まっています。
膝の痛みが慢性化するメカニズムを身体のケアの視点で見ると、姿勢の崩れ(体重による重心の偏り)→ 膝周囲の特定の筋肉への過負荷 → 筋肉の硬結・疲労蓄積 → 痛みの慢性化、というループが形成されていることが多いです。取組で壊れる前に、日常的な身体のメンテナンスでこのループを断ち切ることが理想的です。→ 膝の痛みについて詳しくはこちら
PMC (2023) DOI: 10.1177/23259671231205890 / Nakagawa Y et al. Am J Sports Med 32(4):1054-1058. PMID: 15150058 / 土屋正光ほか「大相撲力士における頚部傷害予防の現状」整形・災害外科 67(2):189-198 (2024)
四股・股割りは本当に怪我を防ぐのか?
科学的データと現場の声、両方から検証する
バランス能力と股関節可動域の改善が研究で確認されています。
「四股をちゃんと踏まないから怪我をする」——この主張は相撲界では定説に近いものですが、科学的にはどうなのでしょうか。
日経新聞のインタビューで、ある元親方は「自分が若いときは1日500回、関取になってからも300回はちゃんとした四股を踏んでいた。今の稽古場は静かなもの。だから下半身に粘りがなくなって、けがもする」と語っています。
科学的な裏付けとしては、青森県立保健大学の工藤らが実施した研究で、四股踏み運動を6週間継続した結果、片脚立ち保持時間(OLS)とファンクショナルリーチテスト(FRT)が有意に改善したことが報告されています。四股は単なる伝統ではなく、バランス能力と下肢筋力の向上に確かな効果がある動作といえます。

ただし、四股だけで十分かといえばそうではありません。J-CASTの報道では、幕内の休場力士全員が下半身の負傷であり、相撲関係者は「四股不足」と「ジムトレ偏重」の両方を問題視しています。四股を基本としつつ、適切なウェイトトレーニングを「補完」として組み合わせるのが現代の最適解です。
工藤真大ほか「高齢者向けの四股踏み運動が歩行能力および健康関連QOLに与える効果」第48回日本理学療法学術大会 (2013) / 日本経済新聞「力士のけが予防、カギは相撲の基礎にあり」(2017) / J-CAST「大相撲、ケガ人多すぎ ジム偏重と四股軽視の関係」(2019)
力士のウェイトトレーニング — 伝統と科学の狭間
四股とジムトレは「対立」ではなく「補完」の関係
基礎稽古 + 適切な筋トレが現代の最適解です。

実は、両者は矛盾していません。元横綱・白鵬(宮城野親方)自身が「四股・すり足・鉄砲は見てるほうもやるほうも面白くないが、基本はすごく大事。続けてきたからこそ大ケガもなく結果につながった」と語ったうえで、「30歳になってから筋トレを本格的に取り入れた」と証言しています。基礎稽古が土台、筋トレが補強という位置づけです。
科学的にも興味深いデータがあります。阿部孝らの研究(European Journal of Applied Physiology, 1998)では、プロ力士の体重あたりの筋力発揮量は、柔道やレスリングなどの階級制格闘技の選手よりも有意に低いことが報告されました。ただし、上位力士は除脂肪体重(FFM)と絶対的な筋力の両方が高い傾向にあり、「単に筋肉を太くすれば強くなる」という単純な話ではなく、筋力と技術のバランスが競技力を決定することが示唆されています。
| 比較項目 | プロ力士 | 階級制格闘技選手 |
|---|---|---|
| 体脂肪率 | 11.9〜37.0%(平均約26%) | 10〜18%程度 |
| 除脂肪体重 | 59.1〜107.6 kg | 60〜90 kg程度 |
| 体重あたりの筋力 | 有意に低い | 有意に高い |
| 筋横断面積あたりの力発揮 | 膝伸展で低い傾向 | 相対的に高い |
Abe T et al. "Body composition and isokinetic strength of professional Sumo wrestlers" Eur J Appl Physiol 77:352-359 (1998) PMID: 9562364 / スポーツナビ「宮城野部屋の朝稽古に密着!元横綱・白鵬が考える稽古の在り方」(2024) / Number Web「筋トレはお相撲さんを裏切らない!親方から聞いた秘密のメニュー」(2020)
力士のコンディショニング|壊れる前に整える身体のケア
姿勢の崩れ → 過負荷 → 慢性化のループを断つ
股関節の柔軟性と膝周囲の筋バランスが鍵です。
力士の身体のケアで最も重要なのは、股関節の柔軟性の維持と、膝周囲の筋力バランスの管理です。慶應義塾大学スポーツ医学研究センターは1999年から両国国技館内でBOD PODによる体脂肪率測定を実施し、累計2,300名以上の力士を測定してきました。力士の平均体脂肪率は約32%とされ、この大きな体重を支える膝と股関節のコンディション維持は、競技生活の長さを左右する最重要課題です。

身体のケアの専門家の視点から見ると、力士に限らずすべてのアスリートに共通するのは、姿勢の崩れ → 特定の筋肉への負荷集中 → 慢性的な痛みという流れです。力士の場合、体重が大きい分このループの進行が早く、かつ年6場所+巡業というスケジュールでオフシーズンがほぼないため、日常的なケアなしにはループが進行し続けてしまいます。
だからこそ、壊れてから治すのではなく、壊れる前に日常的にコンディションを整える習慣が重要になります。四股・股割りによる柔軟性維持はその基本であり、さらに筋肉の硬結や疲労の蓄積を定期的にリリースすることで、怪我のリスクを下げることが期待できます。→ 腰の痛みのケアについてはこちら
慶應義塾大学スポーツ医学研究センター ニューズレター No.16「大相撲幕内力士体脂肪率測定」/ Midorikawa T et al. "Characteristics of total body and appendicular bone mineral content and density in Japanese collegiate Sumo wrestlers" Scientific Reports (2022) DOI: 10.1038/s41598-022-15576-x
こころグループ × わんぱく相撲大会
プロの身体を知る専門家が、子供たちの挑戦もサポート
力士レベルのスポーツケアの知見を持つ専門家が、地域の子供たちにもその技術を還元する。それが、こころグループのわんぱく相撲大会への協賛・トレーナー派遣です。
こころグループ(givers Holdings)は、新宿区わんぱく相撲大会に協賛し、大会当日にスポーツケアの専門トレーナーを派遣します。テーピングサポート・怪我の応急対応・体調チェックなど、お子さまが安心して全力を出せる環境をサポートします。
※大会の詳細情報(日程・会場・参加方法)は近日公開予定です。
この記事で解説したような力士の身体のメカニズムは、子供にも応用できる部分があります。特に四股や股割りが体幹と柔軟性の両方を鍛える最適な方法であることは、子供の体幹が弱い・姿勢が悪い原因と改善法の記事で詳しく解説しています。
記事に関するよくある質問
スポーツによる膝・腰の痛みでお悩みの方へ
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※本ページの内容は、一般的な健康情報の提供を目的としたものであり、特定の疾患に対する診断・治療を行うものではありません。症状が重い場合や、骨折・靭帯断裂が疑われる場合は、まず医療機関を受診してください。
※「改善」「緩和」等の表現は施術による一般的な体感の変化を示すものであり、効果を保証するものではありません。効果には個人差があります。
※本ページは2025年2月18日施行の厚生労働省「あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師及び柔道整復師等の広告に関する検討会」ガイドラインおよび景品表示法に準拠して作成しています。
最終更新日:2026年5月11日|監修:安藝泰弘(医療法人奥山会常務理事・柔道整復師・東亜大学大学院博士課程)、萩原三郎(NATA公認ATC)

